本がある日日

本は好きだが読書が苦手な男の読書ブログ。時々映画もあるよ。

「二百十日」「野分」(夏目漱石)

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久しぶりに夏目漱石作品を読んだ。
少しマイナーな部類の本だ。

夏目漱石の本は「こころ」しか読んだことがない。
今の僕には古い単語や難しい単語が多く、読み進むのに時間がかかる本だったが、読み終わってみれば「二百十日」は阿蘇山旅行にいく二人の男性の話。二人軽妙な会話が面白い短編。現代との時代の違いもまた面白い。

 メインとなる「野分」は、お洒落で裕福な中野と、病を持ち孤独を感じる高柳、そして教師を辞めて文学者になった白井道也の3人の文学と金と孤独などがテーマの物語。

白井道也と高柳がは互いに一人ぼっちを感じているが、どうもマイナス思考の高柳に僕は共感してしまった・・・

「あの男はあんまり神経質なもんだから、自分で病気をこしらえるんです。そうして慰めてやると、却って皮肉を云うのです。」

一方、白井道也は政治家、富裕層や実業家などに対して批判的な意見を持っており、クライマックスで講演会も行う。

批判する講演の内容ではないが、白井道也が高柳に“道”について話したことを引用

「わたしは名前なんて宛てにならないものはどうでもいい。ただ、自分の満足を得る為に世の為に働くのです。結果は悪名になろうと、臭名になろうと気狂になろうと仕方がない。ただこう働かなくっては満足出来ない所を以って見ると、これが、わたしの道に相違ない。人間は道に従うより外にやり様のないものだ。人間は道の動物であるから、道に従うのが一番貴いのだろうと思っています。道に従う人は神も避けねばならんのです。」

まとめるのが難しい本だが、今も昔も様々な性格の人がいて、どのように生きていけばいいのか悩む人は悩むもの。この本では何度も煩悶という言葉がでてくる。また、どう生きようが自由だが、金が無ければ生きてい行けないことは変わらないこと。

ちなみに禅というか仏教ぽい話は少しだけ出てきた。
「解脱と拘泥」という言葉がでてくる箇所を引用

「拘泥は苦痛である。避けなければならぬ。苦痛そのものは避け難い世であろう。しかし、拘泥の苦痛は一日で済む苦痛を五日、七日に延長する苦痛である。入らざる苦痛である。避けなければならぬ。」
「自己が拘泥するのは他人が自己に集注すると思うからで、つまりは他人が拘泥するからである。・・・」
「拘泥を解脱するには二つの方法がある。他人がいくら拘泥しても自分は拘泥せぬのが一の解脱法である。人が目を峙てても、耳をそびやかしても、冷評しても詈罵しても自分だけは拘泥せずにさっと事を運んで行く。・・・」

難しかったがもう一度読むと理解が深まるだろうか。

 

二百十日・野分 (岩波文庫)

二百十日・野分 (岩波文庫)

  • 作者:夏目 漱石
  • 発売日: 2016/11/17
  • メディア: 文庫
 

 

・ちなみに過去に読んだ「こころ」の読書録