月まで三キロ(伊予原新)
引き込まれる文章で優しい話の短編集。
読後が心地よい。
文章自体が読みやすいところに、ふと科学の知識が姿をあらわす。そのミックスされた感じが独特で面白い。
設定は違えどもそんな話が6作綴られた短編集。
6作はこんな感じ。
「月まで三キロ」
男は拾ったタクシーで自殺の下見をするために樹海へ向かう。
運転手はやけに天文、というか月に詳しい。古来月は表も裏も見えていたし、地球と月の距離は近かった。そんな話をしながらタクシーが進む先には月に一番近い場所があるという・・・
「星六花」
結婚適齢期を過ぎたと思っていた女は食事会で出会った男に惹かれてしまった。
男は気象庁に勤める感じの良い人。食事会の帰りに雨が降りそうなので傘を強引に渡され、クリスマスぐらいまで持っていてほしいと頼まれる。深読みして何かを期待しないわけにはいかない・・・
「アンモナイトの探し方」
東京に住む小学生の少年は、精神的な理由で母の実家の北海道の田舎へ遊びに来ている。そこで元博物館の館長のおじいさんに出会い、アンモナイトの化石採掘というものに触れる。少年は大切なものを見つけることができるのか・・・
「天王寺ハイエイタス」
主人公の兄は学者だった。その兄が、派手なアロハの怪しい元ブルース・ギタリストで現プータローの伯父さんに金が入った封筒を渡していた。自然界における堆積物と伯父さんの関係には秘密があった・・・
「エイリアンの食堂」
妻を亡くした男は食堂を営んでいる。そこに3カ月前から月曜から木曜まで午後8時45分きっかりに決まって現れ、その曜日ごとに決まったメニューを注文する女性がいた。男の娘はその女性がエイリアンなのではないかと言い出すが、その女性は宇宙と生命、宇宙人について知っていた・・・
「山を刻む」
長い間、義母、夫、息子、娘と主婦として生きてきた女性は「ある決断」をし、突如として登山に出掛けた。そこで出会った火山研究室の先生と生徒は、山を削って地層を調べ山を刻んでいる。女性は今まで、家族に自分を刻まれてきたように思いながら夢を追いかける・・・
ストーリーとしては「月まで三キロ」、「星六花」、「天王寺ハイエイタス」が好みだが、どの話にも特殊な能力や知識を持った人が現れるのがこの本の魅力。
科学の事を知る事も面白いが、何かに打ち込む人生って素晴らしいなと改めて感じる。
読後は素直に良い本に出合ったと思えた。
巻末に参考文献が記載されているので興味が湧くことがあれば読んでみるのも面白い。