「博士の愛した数式」(小川洋子)
これは純文学なのだろうか。
僕の人生の中で、仕事としてそこそこ長い間本に携わっていた時期があったにもかかわらず純文学が何なのかわからない自分が少し情けないが、おそらくこの作品はそうなのだろうと思った。
“小説”というものをあまり読んできていないのは自覚しているが、最近読んだ小説とは訳が違う。
少々テーマは重い様相ではあるが、テンポよく、ユーモアも散りばめれらていて独特のゆったりとした空気が始終流れていた。
滋味深い小説という言葉が浮かぶ。
“記憶が80分しかもたない”という博士(数学者)、その博士の世話をする家政婦とその息子。この人物たちを数学と阪神タイガースというパーツで結びつけられる日々。
“80分しかもたない記憶”というのはどういう問題が起こるのだろうか?
考えてみたこともなかったが、新しい知識も存在も名前も、楽しかったことも、辛いことも必ずリセットされるという。
何度も何度もリセットされる事態に取り巻く主人公の家政婦とその息子の心境を察すると辛いものがあると思うが、そんな博士の心を汲み取りながら接していくあたたかい物語。
読んでいる途中、また読み終わった後、この作品には隙が無いなと感じた。小説や文学を評するほどの立場では無いが、うまく纏められた本作はストーリーや構成が緻密に練られて作られたように感じた。
ちなみに、文中にはルート、素数、自然数、完全数、フェルマーの定理など多くの数学用語が出てくる。数学が苦手な僕にはよくわからないまま終わってしまったがそれはそれで楽しめる本だった。